(1998/ 3/20)
 愛知県の最奥部、豊根村にある重要文化財「熊谷家住宅」は、役場へ向かう国道筋、黒川トンネルをくぐったすぐ北側に、後ろに豊かな山を背負って、きれいな茅葺きの景観を保っている。主屋は江戸中期(約200年程前)建設の入母屋茅葺き、桁行14間梁間7間の大きな造りで、三河山間部の代表的豪農住宅として重要文化財の指定を受けている。道路から草の茂った趣のある坂を登り、門をくぐると主屋の前に出る。その左右には白い漆喰塗りの土蔵や木肌が重厚な木造倉庫等を控え、控えめな印象で佇んでいる。重要文化財等の表示も一切なく、今も現役の住宅として利用されているが、役場の方の紹介と熊谷家の方の好意により、屋内も見学させていただいた。
  道路から全景
 玄関・敷居を跨いだ土間は右奥に広く、上部にはスリット状に木を渡した物置が見え、そこへ上がっていく階段が黒光りする。また見上げれば一抱えほどもありそうな大きな梁が桁行き方向に流れ、玄関上の隙間からは茅葺き屋根を支える構造が良く見える。もちろん釘など使わず縄で縛ってある。ただし屋根は昨年位に改修した様子。県内には技術者がなく遠く宮城県から材料も抱えやって来たとのこと。この熊谷家は300年以上も前からつながる豪農として、一時は煙草商や繭生産、酒の醸造等も手掛け、その荷置き場としても2階の部分は使われたということである。左手に座敷に上がらせて貰い各部屋を見せていただくと、各部屋の天井隅には煙出しの穴が空き、中程には板をずらして屋階へあがれるようになっている。各部屋には掛け軸など骨董の類が多く並び雰囲気を醸しているが、テレビ等もあり普段の生活に使用されている。天井高さは色々。その時々の使用勝手や老朽具合に応じ何度も手を入れてきた由。大正期に設けた筋交いなども今は黒く光っている。また屋敷全体の老朽具合も著しく、最奥の部屋など襖を閉めても一番下に20cm近くも隙間が空くなど、柱が相当に傾いている様子。また土壁も補修しても何度も落ちたといい、早急に全体的な修理をする必要があると思われる。
 突然の訪問に嫌な顔一つせず案内してくれた奥様に感謝するとともに、この建築がいつまでもその風格とともに残っていくことを願ってやみません。屋敷の前の梅の花が春の雨の中できれいに咲き誇っていました。




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