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足助のまちづくり 香嵐渓

(1994/3)
 愛知県足助町といえば、紅葉の名所である香嵐渓が有名ですが、古くは尾張から飯田へ抜ける中馬街道の宿場として栄え、今でも街道沿いに古いまちなみが残るまちとして、また最近では、百年草や足助城など、積極的な町政を行っているまちとしても有名です。94年の3月に、泊まりがけで視察に行ってきた状況を報告します。
 初日は昼食後、足助の町並みを守る会会長の田口さん、川を守る会会長の高橋さん、資料館館長の鈴木さん、公民館館長さん、足助中部地区区長の奥村さん、それに町の振興課の大山さんに来ていただいて、それぞれの会の活動のことや今後のまちづくりの方向などについて議論をさせていただいた後、町並みの見学。夜は昨年できたばかりの町営ホテル百年草でフランス料理をいただきながら町の振興課長の矢沢さん、百年草支配人の青木さんとそのまま夜11時近くまで懇談。翌日は町営桑田和住宅、古代の姿そのままに復元された足助城、三州足助屋敷、県が国体に向けて整備した総合射撃場(下山村)と見学し、解散後、青木さんに声をかけられさらに1時間余り直に話をする、といった日程でした。
 各会の方には、とにかく20年の実績から町をつくっているのは自分たちだ、という気概がひしひしと感じました。そして単に話をするだけでなく、その見返りに何かまちづくりに参考となるものを得ようという姿勢がすばらしい。こちらも真剣に足助の今後について考えざるを得ない状況に追込まれました。その中では、55年ごろ伝建地区指定をやめ自主規制を選択した1日の話が面白い。看板規制が受入れられなかったこと、補助額が少なくとてもやっていけないと判断したこと、そして町村合併の後遺症が原因と語られましたが、「生きたまちづくり」を選択した、ということが実態でしょう。
 今も川を再生するために住民総出で月1回川そうじをする。しかも川を守る会の会費200円は必ず各自が役員の家に足を運び届けるようにしているとのことでした。また、町並みを守る会ともども住民のほとんどが参加しており、増改築の時、町並みに配慮する、というのが気風としてできあがっている、と胸を張っていたのはさすがです。裏通りの住民との意識レベルの差をたずねたんですが、ないという答えはあとの町並み散策で十分認識できました。これからはハードだ、といっていました。
 ハード整備については、町もかなりやる気になっていましたが、前の企画課職員である青木氏がさかんに大山氏にやりすぎではないか、と言っていました。あとで1対1で話をしたときに、足助は住民運動で始まった。この自主的な動きを生かさなければならない。町にやらせればいい、という意識になるのが一番怖い。町並み保存はほっといても自分たちでやっていくから、町はそれを殺さない程度にやるべきことをやればいいんだ、といっていました。
 それから、行政における建築職の役割というのが、夜、話題になりました。足助には建築の職員がいないから、迷わず浦辺設計(それも1所員がほとんど専属で)を使い続けることができた。しかも厳しい要求を突きつけ続けて。なまじ建築職員がいると中途半端で妥協したり施設建設の本来の目的を見失ってしまうかもしれない。また、本当に市民のことを考えるとその自治体にとって最も合う建築家に全て特命設計でいくのが一番いいのかもしれない。といった意見が出てました。
 町の方、各会の方の真剣な態度に触れられて、個人的にも大変楽しい見学会でした。もっともここまで住民や町の意識が高いところもそうはないでしょうけど。
 足助町では今、先の発言で紹介した各団体の方々が参加して「足助まちづくりの会」が結成されています。ここから委託を受け、啓発パンフづくり等に携わっておられる設計事務所の方と話をする機会がありました。
 先の見学会の時にも、こちらから若い方の意識や参加状況はどうですか、とおたずねしたんですが、「いいんじゃないか」の一言でした。それで、その点を改めてたずねたところ、「それが問題なんですよね。」といわれました。やはりリーダーが強すぎて、言いたいことがいえない状況が確かにあり、しかしリーダーの方は「オレは門戸をいつでも開いているんだ。」と言ってそれ以上議論にならない、と言っていました。そのせいかどうか、足助では一般の方が足助の素材を生かした新しい感覚の店舗や住宅がつくられるということがあまりなくて、保存というよりどういうふうにつくったらいいかわからないから、「こわさない」「つくらない」という状況があるんではないか、その結果として垢抜けしない商店街のままになっているという意見でした。その方が作られているパンフレットのタイトルが「足助らしさをつくる」でして、「守る」ではなく「つくる」という部分を強く訴えたいですね、ということで意見の一致を見ました。
 町の方と懇談したときも、町のこれからの施策に対しアドバイスがあれば、ということでしたので、今までは高齢者を活用した「三州足助屋敷」「zizi工房」、老人福祉施設として建設した「百年草」など高齢者向けの施策が多かったけど、これからは若い人が元気が出ることを考えたらどうですか、とお話をしました。ついては、せっかくやりかけたこのまちづくりの仕事をもっと若い年代にやらせたい、今は仕事 ONLY の状態の人が多いけれど、勤務時間以外の16時間を地元で楽しくかつやりがいのある役割を担わせる必要がある、と一応は話してきたんですが。


(1995/12/17)
 続いて、95年12月に、先に紹介した設計事務所の宮野さんの講演を聴く会があったので、その際の報告です。
 講師は(株)宮野設計プロジェクトの宮野さん
 簡単なプロフィールの紹介があった後、足助との関わりの始まりから話が始まりました。宮野さんは愛知県商工会連合会の嘱託指導員になっており(ちなみにこの職にあるのは県下で2名だけなのだそうです。)、そこを通じて足助町商工会から指導・診断業務の依頼があったところから始まったそうです。そうこうしているうちに、平成5年に中小商店街活性化事業の計画策定の委託が商工会からあり、その時の商工課の課長であった矢沢さんが振興課に移り、続いて振興課が担当したまちなみデザイン推進事業の委託(この場合は住民協議会から)も受託し、現在に至っている、ということです。
 続いて、現在町で推進している街並環境整備事業(注1)のために最近作成したパンフレットの説明がありました。この事業は昨年まで私が担当していたわけですが、簡単に紹介すると、町の計画に基づいて、住民が建築物等の整備に関する協定を結んだ地区について、ポケットパーク等の公共施設の整備費と住民の家屋修景改修等に対し、補助を行うものです。足助町では昨年の夏に「足助の街づくりに関する要綱」が制定され、建築等の行為については届け出が義務づけられ、その内容は住民で結成された「足助まちづくりの会」が自ら定めた「街づくり規範」に基づき審査をする、という仕組みができています。これらの手続きが整った個人の住宅等の工事に対し、新築の場合200万円、増改築等の場合150万円を限度に1/2 の補助が出るようになっています。
 次に、足助の街づくりに関わって、ということで、現在の足助の現状と課題等が語られました。簡単にまとめると、足助町の外に打って出る姿勢が必ずしも住民の歓迎されていない。特にまちづくりの会は、まちの中でも70歳以上の長老の方が力を握っており、彼らは新しいものに批判的で、また色々な人から色々な話を聞いているため、頭でっかちになっており、若い人、まちに新しいものを取り入れつつ活性化していこうとするものと必ずしもうまくいっていない。まちの住民の関心もまだまだ高いとは言えず、この補助制度を活用しながら、商店を1軒づつ改築し、観光客を呼び込み実績を上げ、具体的なケースをひとつづつ見せていく必要がある。生活の基盤を作りながらリピーターを作るまちづくりをめざしている、といったことです。
 私の感想を一つだけ入れておくと、せっかく良い要綱、良い会、良い規範が出来ても、それが必ずしもうまく運用されていないのが残念です。これには町の産業振興課が忙しすぎる、というのが一番の原因だと思いますが、「公開と公平」の原則を再度確認し見直してほしいと思います。具体的には、まちづくりの会の審査に申請者や設計者の参加を促し、公開の下でわかりやすく誰でもが納得できるように会を運営して欲しいと言うことと、要綱では区域内の建築行為全てに届け出を義務づけているにも関わらず、補助を要望しない人は必ずしも届け出をしていない実態を見直し、公平を旨に、全ての建築行為を対象とするようにして欲しいと言うこと。
 まずはこの制度をきちんとPRしようとパンフレットを作ったということなので、今後のお手並み拝見というとこですね。
 続いて、建築士として参画しての感想として、「建築士は自分自身に溺れがちであるが、こうしたまちづくりにおいては、住民が主役であり自分は黒子という意識が大事である。自分のまちではないのだから全てわかっているわけではない(自分も1/3は足助人だが2/3は安城市民だと思っている)。しかし外から見れる利点もあり、だからこそ住民の思い、まちのよさを引き出し、キラッと個性を出して味付けしつつ、次世代に向けて継続していけるようなまちづくりを進めるべきである。」といった感想を述べられました。
 最後に今後の見通しについては、「長い間続けているうちに、ファンや仲間が出来てきた。まちの住民しか知らないような情報を流してくれる人もいるし、そうしたことが、現在そして今後の大きな支え・力になると思っている。まちは生きている、ということを実感したし、今後も生かし続けられるような取り組みをしていきたい。」ということでした。
 最後の最後に、しかしこんなまちづくりに関わっては食べていけない、ライフワークとして楽しみとして関わっている、という話がありましたが、その実、昨年から今年にかけて、町から百年草の隣に建設された「ばーばらハウス」の設計を受注しているし、最近は通りの中で見るからに景観を壊していたRC3階建ての床屋さんから、建替えの設計の依頼があって「好きなように設計をしてくれ。」と言われたと嬉しそうに話していましたから、それでも実を結び出すと大きなものになってくるのだと思います。


(1996/11/11)
 11月の紅葉真っ盛りの時期に、ぶらっと足助を訪ねてみました。先に宮野さんが設計中と言われていた床屋さん、そしてその向かい側の米屋さんがきれいな店舗となって蘇っていました。また町の各所にある陣屋(屋台蔵)もいくつか改修されています。さらに、足助のまちの一番の景観ポイントであるマンリン書店の奥に「蔵の中ギャラリー」が開設されました。こちらは浦辺設計にいて百年草などの設計を担当した上杉さんの設計によるものです。刻々と足助のまちも変わりつつあるようです。
 最後に百年草で昼食を取って、さらに足助を後にしました。


(1997/02/25)
再度、出張の道すがら、足助に寄って今度はいくつか写真を撮ってきました。街並環境整備事業(注1)によって修景・整備された建物・通路です。
新町郷蔵 (注2)
西町郷蔵
足助食糧店


通路整備
(注1)
街並環境整備事業
よりよい住環境の街並みの整備を進めるため、住民によるまちづくり協定等に基づいて街並みの修景整備等を進める場合に補助を行う制度。協定に基づく建物の修景整備に対する補助や通路・公園等に対する補助がある。
(注2)
郷 蔵
足助のお祭りにも山車がでます。この山車をしまっておく蔵。町内毎に蔵を持ち、収納時には山車を分解して蔵に納めます。


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