豊橋呉服創遊会


(注) 呉服創遊会は、97年3月に、必ずしも呉服町だけのものではないということで、「創遊会」と名称を変更しましたが、このHPでは、地域を明らかにする意味で、引き続き「呉服創遊会」という名称を使っていますので、ご了承ください。



(95/04/16)
 愛知県の東三河の中心都市豊橋市に呉服通りという商店街があります。駅前から少し離れた所なので、繁華街ではないですが、生活用品の小売や卸、また喫茶店、レストランなどもある、30万程度の中都市では普通の商店街です。
 ここで昨年から通りの活性化に向けて、通りに店を構えまた住んでみえる方々が「呉服創遊会」というまちづくりの会をつくりました。
 1995/4/15に今年度最初の総会があるというので見学に行ってきました。実際には今年度、この会の活動経費に対し、国、県の補助を受けるということで、その説明と、とさせてほしい旨のお願いにいったのですが、そのあとも引続き総会に出席させていただきました。
 今日は、会の活動経費に対し県市の「まちなみデザイン推進事業」の補助を受けるにあたっての制度概要の説明と例年県でやっている「あなたの街の景観アイデア」募集の課題地区になることの説明の他、昨年度の事業報告と今年度の事業計画といった総会事務の後、3月に行った研修会(ファーレ立川・原宿シャンゼリゼ会)報告、そして各分科会の方針報告がありました。
 分科会は、ア)鬼祭の歴史(この地区は赤鬼、青鬼がたんきり飴をまきながら踊る奇祭の氏子です)、イ)埋設物、ウ)土地利用計画アンケート調査、エ)交通量調査、オ)街路樹(豊橋は剪定をしない大きな街路樹で有名です)、カ)通りの歴史、キ)道路断面、ク)道路計画、の8つあり、全て住民の方が研究・調査を進めています。
 今日は、通りの歴史分科会の責任者であり書店を経営される方から、郷土史の本から繙いた話があり、まだ十分にはわからないという話に対し、参加されていた70歳前後のご婦人から昔地理の時間にならった本が家にあるはず、といった発言もあり、大変和やかに楽しく進められました。
 この会は、リーダーを市内大手企業を退職された方(Hさん)が勤められ、通りで設計事務所とギャラリーを経営する方(Yさん)が補佐をし、さらに豊橋技術科学技術大学の学生が応援しつつ、実際の活動は住民自身に役割を振り分ける、という体制で進められています。
 Yさんが研究とか調査とかいうと難しくなるので楽しくいきましょう、と言い、またHさんがしかしスケジュールは守りつつ、もっていきましょう、と言い、また実際、会で街路樹にイリュミネーションをつけるパフォーマンスをしたり、うまく運営をしていました。
今後、どうなるのかわかりませんが、本当に楽しみだと感じて帰ってきました。

(97/03/07)
 愛知建築士会住宅都市委員会の研修で、呉服創遊会の活動を再度見学してきました。今回はまず地元で会を技術面で支えている吉野建築研究所の吉野さんに通りを案内していただくことからスターとしました。
この通りは旧東海道でかつ吉田城の大手門につながる大手通り(この通りにかつては市電も走っていた)と交差し、また通りの東端は鍵の手に折れ曲がるその名も曲尺手(かねんて)町に連なっていました。明治以前は日用雑貨を扱う御用商人の町として栄え、維新後は東雲座という劇場ができるなど、相当に賑わった様子です。しかし戦災で全て灰燼に帰した後は、戦災復興事業で道幅も拡幅し延焼防止も兼ねて銀杏の並木を植え、特色のある景観を形作ってきました。しかし、現在では商店も幾つか抜け、その跡地は駐車場となり、また銀杏も景観は良いものの、膨大な落ち葉処理や根が歩道や建物をガタガタにするなど、商店街としては問題のある状況となってきました。
 こうした中で、今から10年ほど前に30代の青年達により呉羽倶楽部というまちづくりを考える会ができ、これが発展して現在の活動に結びついてきました。
 当初は商工会議所などの協力を得て、商店街振興という観点から勉強会を始めたそうですが、現実には商業者以外にもサラリーマンや年金生活者などいわゆるしもたやもかなり多い住商混在地で、しかも人口200人のうち老人会に83名、子供会は10数人と高齢化が進みまた人口減少も進んでいるなど、なまなかなアプローチでは難しい状況にありました。
 そうした中で、市のまちづくり景観条例の施行等と相まみえ、景観地区指定、まちづくり団体認定等の流れを経つつ、前回報告したとおり「まちなみデザイン推進事業」という国・県の補助をもらいつつ、住民主導で今後のまちづくりの方向について検討を重ねてきました。
 前回の報告の中でも書いたとおり、当初は通りの歴史研究会や鬼祭り研究会などの分科会をつくり、それぞれ活動をしていた訳ですが、こうした成果については平成7年度の活動報告書としてまとめられていますが結局長くは続かなかったようで、8年度は分科会に分かれることなく活動をされていたようです。また当初豊橋技術科学大学の学生の佐々木さんが卒論の場として調査研究され、これが住民活動にも良い刺激になっていたようですが、その後は一時後輩が来てはいたものの続かず、結局は大学との連携もなくなっていったようです。
 しかしこれらはけっして批判しているのでなく、必ずしも当初の予定通りに進まなくても活動としては続いている(実際、私たちが見学した会合は第44回創遊会となっています)ということをかえって評価したいと思います。
 さて、この地区の最大の課題は、商店街振興もさることながら、具体的かつ対立的課題として「銀杏並木」があります。その功罪については先に書いたとおりですが、特に通りの地中化が、一連の活動が認められる中で、早ければ来年度中にも事業着手される状況となり、その工事の進捗と合わせ、具体的答えを出すべき課題として取り上げられるようになりました。しかし住民の意見は、残すと取り払うとで半々の状況にあり、この会に参加している人たちは残す派の人が多いようでしたが、この日もほとんどその議題を中心に意見が飛び交っていました。
 通りの見学の後、会の代表の林さんから、ついで裏で支えている吉野さんから建築士としての立場からの話を聞き、その後意見交換に移った訳ですが、その中では今日の会合で締結予定の「まちづくり協定」を中心に意見が交わされました。これには、当日参加した建築士会のメンバーのうちの半田市で最近「まちづくりルール」を締結した事例が話題の中心になっていましたが、このように各地のまちづくりの経験同士で連携できる、というのはいいことだな、と思います。
 まちづくり協定の内容ですが、まず冒頭に「私達は、住むまちが歴史と文化の薫がただよい、心のやすらぎと個性のある、豊かなまちづくりを目指し、これを自主的に実現するためのまちづくり協定を、下記のとおり締結する。」と始められ、名称、区域及び構成員の取り決めの後、「協定を締結した者は、協定地区内の景観が良好になるように努めるものとする。」とされ、協定事項として、1.まちどおり、2.建築物の外観、3.屋外広告物、4.窓、バルコニー、ベランダ、5.緑化、6.その他、の各項目について、例えば外観については「建築物の色調は落ち着きのある、シックな色を選択するよう努める」とか、窓・バルコニー・ベランダの項については「季節の草花で装飾するよう努める」といった抽象的な努力目標が掲げられています。ついで、違反措置、変更と廃止の規定と続き、最後に(協定への参加)と題して「新しく協定区域内の土地又は建築物等を所有し、・・・協定者に加わることを「創遊会」が積極的に働き掛けるものとする。」で終わります。
 私からは、理念は素晴らしい、内容は「景観」が中心でよかったのかという点と、協定といった縛られるルールでなく、憲章のような宣言型にする手もあった、といったことなどを話したのですが、住民がこれで納得してまとまるのであれば、結果はこれで十分だったと思っています。
 住民の会合に移る前に林さん達と夕食を共にしたのですが、その際には、
1.人が主役−人に優しいのでなく、人を優しくするまちづくり
2.終わりをつくらない−50年・100年続くまちづくり
3.商店街が振興したいのでなく地域の人により振興・活性化する商店街−住人の存在を生かす
 といった話題で盛り上がりました。
さて肝心の当日の会合ですが、まず協定について意見を聞いた上で、反対者の意見・理由などを紹介しつつ、内容の最終確認をしました。また景観整備計画をまとめるということで、地元出身のカラーコーディネーター小林さんの話。内容としては個性を際だたせるための背景を統一して使う方がより効果的、ついては色は「よしだねず」という独創したネズミ色にしたいというものでした。これに対し住民がかなり執拗に意見を言うもんだから、小林さんも大きな声で、しかし明るく説明を続け、大変面白かった。
 続いてCGによる通りの景観の披露があり、心地よい音楽と共にそのさわやかな景観を楽しみました。色はこれから、ということでしたが、これはかなり素晴らしい出来です。吉野さんの事務所の仕事。
 席に戻って、再び、銀杏の問題について議論。これについては、林さんが現在の銀杏を植え替え、こまめに剪定をし、人間にとって困らない「銀杏の盆栽」を提案していましたが可能性はどうでしょうか。併せて歩道のペイブメントの問題(インターロッキングの可否等)やでこぼこの歩道は高齢者に優しくないなどの意見が出ていました。また地中化に伴い設置する照明灯について、商店街振興会がない状況で補助がつくか等の問題ついて意見交換がされました。
 前回の時もそうだったのですが、80近い高齢のおばあさんやら主婦、商店主等、様々な立場の人が自由に意見を述べ合う様は素晴らしいものがあります。また、このまちづくりが、この通りに連続する別の通りのまちづくりを誘発するなど、周辺への波及を見せているということも評価したいと思います。最後にあいさつしろというので、子供の世代にまで続くまちづくりの実践を期待する旨のあいさつをさせていただいて帰ってきました。
 視察側も、半田市や犬山市でまちづくりを実践している人なども参加いただき、大変、有意義で楽しい研修会でした。




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