
| 常滑■尾張大野元気村 |  |

(99/03/13)
常滑市の北部、知多市に近いところに大野町という町があります。江戸時代以前から、伊勢からの海運で賑わった大野港を抱え、徳川由来の地として寺社なども多く、また昭和30年代頃までは世界最古の海水浴場としても賑わい、「大野へ行くには着物1枚替えていく」と云われる程の町だったのですが、今は人口2000人、700世帯、老人クラブに所属している者が400人と高齢化の進んだ町となってしまいました。しかし、徒歩圏内に、駅を始め、銀行、郵便局、病院そして商店街と必要な施設は全て整い、こじんまりとしつつもまとまりのある地区となっています。ここの大野町商店街振興組合が、商店街活性化の新展開に向けて、高齢者に的を絞った商店街づくり「尾張大野元気村」構想を打ち上げたということで、さっそく見学に行ってきました。
町を南北に走る県道に沿った旧名古屋銀行の古い建物内に置かれた振興組合で、理事長の平野氏、専務理事の神谷重徳氏に迎えていただき、神谷さんからスライドも交えてじっくりと話を聞かせていただきました。
「尾張大野元気村」構想が立ち上げたのは平成9年3月。まずは商店主が集まっての飲みニケーションから始まって、ポストイットを使ったkj法によるワークショップ、老人クラブと一緒に行ったタウンウォッチング、アンケートの実施、兵庫県から講師を招いたセミナー、そして高齢者介護グループとともに行った車椅子・電動スクーター、高齢者疑似体験器具を使用したタウンウォッチング等、多くの手順、様々な手法を取り入れ、まとめていったものです。その成果として、次の10項目からなる「尾張大野元気村」構想がまとまりました。
- 「尾張大野元気村」の開村
- 「尾張大野塾」の設立
- 「尾張大野元気ロード」の設置
- 「ニコニコ元気カード」の発行
- 「元気村ご用聞き」の開始
- 「ニコニコ元気通信」の発行
- 「元気村食べ歩きマップ」「元気村お買い物マップ」の完成
- 「げんきむらぎゃらりー」の推進
- 「尾張元気村タウンガイド」の設置
- 「元気村芸能祭」の開催
このうち、開村は平成10年10月25日に、村長に同市出身の女優、山田昌さんを迎え、開村式を執り行い、大いにアピールをしました。また「大野元気塾」とは「大野元気村」の事務局のことで、これはこの旧名古屋銀行の建物を市から借用し拠点としている、とのことです。また「ニコニコ元気カード」は裏面に健康状態や行きつけの病院等の高齢者情報を書き込んだカードを作成・配布し、また毎月25日は高齢者優待の日とするなどのサービスを付ける形で今年度中には実施する予定だそうです。また高齢者向けマップについては社協と協力して作成する話が出ているということでしたが、その他、市の商工観光課と観光協会、そして地元の大野コミュニティクラブとの共作で「尾張大野散策地図」や「尾張大野小路絵図」が出ており、また商店街所属の下駄屋の若旦那が描いた店舗の絵図が並ぶ「尾張大野元気村絵図」も作られています。
この活動、商店街振興組合が行っているけれど、市の商工サイドからの支援とか口利きとかがきっかけで始まったのでなく、全く自主的、自立的かつ自腹で始めた(補助金は後からついてきた)と自負の声も聞かれました。もともとのきっかけは、市の商業振興ビジョン策定のための会議に参加したところ、1000万円近い金額でコンサルタントに委託するので意見があったら述べよ、という。こうしたことに反発し、それなら自分らのことは自分らで考えようと始めた活動ということでした。この大野地区は、大野コミュニティクラブという組織が、既存の町内会活動に収まらない多様で開かれたコミュニティ活動を進めてきたことで有名な地区であり(詳細は私も詳しくないので、機会があったら知りたいと思っています。神谷さんにも聞きましたが、あまりしゃべってはいただけませんでした)、神谷さんもそこに所属し、また別のグループの関係で、県が主催したまちづくり市民活動のための船上セミナー等にも出席したという経験を持ち、そこでワークショップや様々なまちづくりの手法を学んだ、ということでした。実質、振興組合のこれまでの活動は神谷さんが引っ張るSL型であったが、これからはみんなで走る新幹線型にしていきたい、と云われました。
以上でまとまった話は終わり、コーヒーブレイクを挟んで、自由な意見交換をしたのですが、以下ではざっと箇条書きで整理しておきます。
- 「商店街の利用者である高齢者とともに振興策を考えた、という点は高く評価するが、実際に商店街の利潤の増加と活性化につながるのか」という質問に答え、高齢者が即商店街振興や金に結びつくものではないと思っている(老人クラブから「最近はシルバーシルバーといってわしらを商品扱いしている」と憤慨の声も聞く)。一方でこの活動の福祉的なコミュニティへの役割に気づいてきた。営利ではない活動という意識が高まってきている。
- 利用者とともに考えた、という点では、もっとおばあちゃんの声を聞かなくてはと思っている。
- 人口増より、今住んでいる人が、もっと地域を愛し元気になることの方が真の活性化につながると考えている。(神谷さん自身、数年前に地元に帰ってきて、「ほんとに自分の町がいいなあ」と感じたとのこと)
- アウトドアで、みんなに見てもらいながら行う活動が大事。
- 建物や街並みの保存はよく言われるけれど、この会としては目的としない。
- コミュニティロード(一方通行化等)は地元の反対が強い。両方通行であっても地元の人しか通らず、人が配慮することによって共存道路として生かされているのではないか。
- 行政とは一線を画し地域で主体的にやりたい。行政へ要望型の活動はしたくない。
ざっと質問も出尽くしたところで、街の中の散策・見学に出発しました。まずは県道を南下しますが、目の前にある和菓子の湊屋さんの建物がすばらしい。長崎よりも早く作られたカステラがここで売られているとのことです。またこの辺り和菓子屋が多い。軒を突き破り伸びる看板も面白い。「高齢者に向けたまちづくり」を標榜していますが、県道沿いもいまだに歩道が整備されず、大きな側溝の蓋の上を歩いていきます。架け替え工事中の大野橋を渡るとレトロな玩具が並ぶときわや玩具店や間瀬新聞店など。向かいの大黒屋の建物も素晴らしい。十王堂のお堂を眺め、鍛冶町の小路に入ります。この筋も古い建物が散見されます。元銭湯だったという建物には、花鉢が並べられ、中央に大野の古地図が張られていました。大小路の四つ辻にそびえる平野邸のうだつは素晴らしいし、またその先の料亭金谷の弁殻の塀も趣がある。片町の方へ抜けると陶器が道沿いに多く並べられた紀岡陶器店。向かいの陶器店どかんやは店前のたたきにタイル破片などを使った洗い出しにし地域への愛情が感じられる。またここには子供達の声が賑やかな大野児童センターの奥に天然記念物のびゃくしんが樹勢を誇っています。道は記念橋を通って大野駅の方へ向かいましたが、そこから振り返る川沿いの景観も情緒があります。小倉地区へ抜ける道の前山川にかかる橋が前後の道路から高く持ち上がって難渋していることを逆手にとって「お達者橋」と呼んだらどうか、とは「人にやさしい街づくり賞」の選考委員の一人が言われた言葉とのことです。
さて駅前に移ると目にはいるのが、龍神船が置かれた空き地。この船は10年ほど前に振興組合でお祭り用に作成したものですが、かつて駅前再開発の話があったときに市が買収しそのまま市公社所有地として空き地になっているそうです。また向かい側の中之島と云われる地区もかつてはパチンコ屋もあったものが今は駐車場になっていました。小さな駅前を通り過ぎ、県道を渡った所にある両角食堂で昼食。外観はファミリーレストランの看板のあってありきたりの感じですが、中にはいると一転、漆喰塗りの天井にレトロな照明。大正時代にタイムスリップしたような雰囲気がします。ここで食べたトンカツもおいしくおばあちゃんも親切で感激しました。
町全体から見ると、ほんの少ししか見てないようで、もっともっと色々とじっくりと見たいと多少心残りでしたが、腹もくちたこともあり、ひとまず振興組合の事務所に戻って、再度の意見交換をしました。今度は、参加した建築士会住宅都市委員会他のメンバーからのアドバイスが中心で、以下のような意見が出されました。
- 内部のソフトな活動を形として外に発信し表現することも重要ではないか。例えば、案内板やインフォメーションの設置など。
- ウォークトレイル事業のような、地区内を散策できるような道の整備やしかけ。
- 「音」や「磯の香り」などの視覚以外の感性も大事にしたらどうか。また看板や路地、古い大木など、この地区ならではの宝物をもっと活用したい。
- 古い建物もあるけれど、例えば煉瓦の側溝など、町の微かな名残を大切にして、歴史や文化を意識した取り組みがされるといい。おじいちゃん、おばあちゃんが心の中に持っている個人の歴史や町・各家々の歴史を記録し表現することも意味がある。
- 町を支える人の存在は重要であり、両角食堂のおばあちゃんなど、地域の代表的な人を紹介する「人間マップ」があってもいい。
この尾張大野元気村の拠点となる振興組合の建物の中に鎮座する大型の金庫、今となっては出すに出せないやっかいものとのことだが、これを「金が逃げない金庫」として新しい伝説を作り、PRしたらどうか。
- 人知れぬ歴史が眠っていることに感激した。これまで見学した、西尾、半田、田原等とつなげて、「人知れぬ歴史の街ネットワーク」をつくり、手をつないでアピールすることができるといい。その際の事務局は建築士会住宅都市委員会で務めたらどうか。
最後に神谷さんの言葉の中で、今後の展望として、振興組合の活動として続けていくには限界があり、今後は気の合う仲間同士、ワンボックスカーに乗れる単位のメンバーで新たな展開を図っていくことも考えたい、といった話もあり、高齢者に的を絞った商店街活性化活動ということで見学に来たのですが、それを超えた幅広い取り組みが行われ、また発展への種が数知れず蒔かれた大野の町。これからどんな方向で発展し動いていくのか、本当に楽しみです。地元に生きるお年寄り、地元の町を愛する中堅、そして多くの資源や宝物を蔵する町の3者が織りなす今後のまちづくりに大いに期待します。
ちなみに個人的には、是非もう一度じっくりとこの町を歩きたいと思っていますので、町の方、その節にはよろしくお願いします。