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足助のまちなみ
川と家並みと足助城


(98/11/ 7)
 今まで「足助のまちづくり」で伝統的な町並みを生かしたまちづくりの活動状況の報告をしてきましたが、その町並みの様子について、また最近の新しい建築物等についてきちんと紹介をしたことがありませんでした。先日、住宅マスタープランの関係で足助を訪れた際、町内を奔走し、多くの画像を撮ってきたのでここで紹介します。
 まず町の西側「香嵐渓」側から町並みの中へ入っていくと目に付く現代的な建物が「足助町公民館」です。浦辺鎮太郎氏の設計。これと「百年草」と、担当した上杉氏は、住宅マスタープランの委員となるなど、今でも足助と密着した関係にあります。公民館とトレーニングセンターに挟まれて木造和風のレストラン「参州楼」が並び、紅葉をモチーフとした装飾共々、大変マッチした雰囲気を醸しています。
 続いて橋の手前に建つのが、元警察署の「足助商工会」の建物。瓦の尖塔とゆるやかなカーブを描く玄関の張り出しが大変印象的です。
 ここで橋を渡り、川を見下ろしつつ見えるのが、冒頭の画像。遠く山並みの山頂には、中世の城を復元した「足助城」がかすかに浮かびます。
 橋を渡り終わり東西に伸びるのが、昔、信州と尾張を結び、塩の道とも云われ往来が激しかったという「中馬街道」です。この通り沿いには、平入り、妻入り、様々な形式の町屋が並んでいます。今は昔風に改築したお菓子屋や、今風の古びた看板を掲げる商店などが並び、けっしてその全部が伝統的建築物というわけではありませんが、それでもまだまだ多くの建物が昔のままの景色で残っています。
左:マンノン書店
中:マンリン小路
右下:郵便局と大きな空き家

 その中でも黒い外観と銅打ちの看板でひときわ目立っているのが「マンリン書店」。この建物の右隣には「マンリン小路」が急な勾配で伸びていき、その途中に家続きで「ギャラリー 蔵の中」が整備されています。これも上杉さんの仕事の一つ。またこれを通り過ぎ少し歩いた辺りの南側に古い大きな空き家「旧 紙屋」が残っています。今は警備保障会社の看板が目立つこの建物も、隣の家が取り壊され駐車場となっているせいで、川沿いまで奥深く屋根が続き、蔵が並ぶ様子がうかがえます。これなど、うまくまちづくりに活かすことができればと願ってやみません。さらにその左隣には町並みに合わせて建築された郵便局が並んでいます。
菓子屋
豊田信用金庫
中馬館
三軒妻入り町屋
平入りと妻入りが並ぶ
角の看板建築

 さらに足を進めると、道は突き当たり、正面に米屋の足助糧食店「足助のまちづくり」参照)、手前に床屋(これは批判が多いかもしれない)。左に曲がって愛知県新城事務所に向かう手前の角にあるのが豊田信用金庫の店舗。これらはいずれも伝統的な外観で新しく建てられた建物です。鉤型に右に折れしばらく行くと、街道筋にあった元の銀行造りの建物が、今は中馬館という名の資料館となって残っています。ここの川に向かって入った小路沿いにある銀行蔵はなかなか素晴らしいものです。ここで軽く一服し歩き始めると、妻入りの町屋が3軒並んでいます。その内の真ん中の一軒は今でも洋品店として営業をしており、ちょうど私が行った際も大売り出しの幟がはためいていました。これに続いて平入りの旅館等が並び、足助の街の中でも2番目に美しいところです。ただし向かい側のスーパーマーケットがややうるさい。ここでもう一度突き当たりとなって、軽く道がずれますが、赤い鳥居の脇に残る看板建築も、けっして他の建物と調和しているわけではありませんが、昭和初期の香りを伝えています。
 大急ぎで西町、公民館の方に戻って発見したのが、「右 ほうらいみち 左 ぜんこうじみち」の石標。また妻入りの旅館も残っていました。
 最後に新しい建物を2つ紹介。一つは老人福祉施設であり町営ホテルの「百年草」。そしてもう一つは今年度改築されたばかりの御蔵小学校。いずれも(確か)上杉氏の設計で、足助の中にこうしたモダンな建物が要所要所にあるということは素晴らしいことだと思います。足助の町中のまちづくりの活動、また山あいでの住まいづくりの活動。いずれもまだまだ続くのでしょう。これからの変化もまた期待されるところです。
百年草
御蔵小学校





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