[PR]100万円が無料で当たる!:今すぐ応募して現金を当てよう!

歴史と事歴 美濃路街道
 東海道「宮の宿」(熱田)から中山道「垂井の宿」まで、鈴鹿越えや七里の渡しの難所を避ける脇往還としてよく利用されたのが、この美濃路です。名古屋の中心部から北東へ尾西市で木曽川を渡るまで、愛知県内を通っているこの街道沿いには、今もその頃の香りを残すまちなみが残されています。また最近はこの資産を生かしたまちづくりを進めようとする動きも出てきました。少しづつ、この街道と宿場の様子を紹介します。

(98/03/24)
 起(おこし)宿は、美濃路が木曽川を渡る手前の愛知県内最後の宿場、ここ起渡船場から対岸の墨俣へ渡る川待ちの宿として賑わいました。当日見学した尾西市歴史民俗資料館には、往時の宿場の様子を再現した模型が置かれていますが、相当な規模のように見受けられます。また民家の再現や船橋の模型など、資料館内部は小粒ながらけっこう楽しめる内容となっています。船橋とは、将軍家や朝鮮通信使らが木曽川を渡るため、数百艘もの小舟を連ね橋としたもので、特にこの木曽川に掛けられた橋は、大船小船合わせて277艘という記録が残っており、これは他の川に比して群を抜いて大きいものだそうです。また享保14年(1729)にはベトナムから将軍家に献上された象もここを通ったそうで、「象がやってきた」と題する企画展も開かれたことがあったとのことでした。

 この資料館では美濃路の情報発信基地を目指したいと、この起宿に限らず、街道筋の各宿場も含めた資料整理等に熱心に取り組んでおり、「美濃路と起宿」というビデオを始めとして、「美濃路探訪−宮宿」「美濃路探訪−稲葉宿」等、毎年、シリーズで各宿場を紹介するビデオを作成し館内で放映をしています。また尾西市は今でこそ一宮市の西隣に控える小さな市となっていますが、かつては毛織物で相当に栄えた都市です。一宮市との間に敷かれていた鉄道は一部を残してバス路線に転換されてしまいましたが、今年には敷設100年を記念した企画展も予定しているということでした。
脇本陣 本陣跡
 街道筋は今では脇本陣が唯一、市によりきれいに整備されている程度であり、タイトルで使ったように、いくつかの民家は老朽化し無惨な姿を晒していますし、本陣跡は今や全く残っておらず空しく駐車場と化しています。しかし街道筋を車でさっと通ったところでも、まだまだ現役の民家もいくつかは残っており、特に裏側には今でも多くの蔵や茶室が隠れているということです。またこの街道筋だけでなく、一宮市へ向かう元鉄道線路沿いの商店街筋なども、毛織物工場と大きな蔵がここかしこに望まれ、特に茶室の多さは特筆ものだと、名古屋市立大学の瀬口先生も絶賛されておりました。単純な保存活動というにはひとかたまりとなっていないこともあり難しい面もあるかとは思いますが、なんとか住民自身がこの価値に気付き資産を継承していって欲しいと思います。


 尾西市では、地元出身の女流画家・三岸節子を記念する美術館が、生家の蔵も残しつつ、整備・建設されており、これも見学してきました。とても良い出来と思いましたので、こちらも是非ごらんください。  三岸節子記念美術館





[PR]≪看護師≫の専門求人サイト♪:週3日・長期で探す『医療介護ワークス』