岡 崎
五万石を歩く




(2000/11/10)



 岡崎市は、人口34万人を有する愛知県西三河地方の中心都市です。また、徳川家康生誕の地として、さらには本多氏、水野氏、松平氏という徳川有数の譜代大名の城下として、石高こそ5万石に過ぎないものの、「5万石でも城の下に船が着く」と唄われ栄えた、歴史と文化を有するまちでもあります。東海道でも規模の大きい宿場の一つであり、城下を複雑に曲がり続く街道は岡崎27曲がりと呼ばれ、特に伝馬町は本陣3軒、脇本陣3軒、旅籠112軒の中心地として栄えたそうです。近いこともあって車で通過することはあっても、なかなか歩く機会がなかったのですが、初めて27曲がりの東の端から西の端まで、約2時間かかって歩いてきました。

旧額田郡公会堂

額田郡物産陳列所
 まち歩きのスタートは岡崎市郷土館から。この建物は大正2年建築の旧額田郡公会堂で、ルネサンス様式の妻面のレリーフがきれいな洋館です。内部の講堂にはドリス式円柱に楕円アーチがきれいな舞台が設けられ、なかなか立派なものです。また隣接して額田郡物産陳列所が建設されています。いずれもピンクとブルーという派手な彩色がされていますが、これは建築当時の色なのでしょうか。
 さて、ここで伝馬通りの資料をもらい、さていよいよ歩き始めました。この辺りは街道を挟んで、東本願寺三河別院を始め、多くの寺社が並んでいます。まずは小振りな祐伝寺の鐘楼をながめますが、こうした鐘楼や坊楼のあがった寺院も多い。両町の常夜燈は宝珠のみとなって祠にしまいこまれています。伝馬町の常夜燈は健在、しかしその隣にあるはずの十王堂は今やマンションになりかわってしまった。かつては旅籠や商家が並んだと思われる通りも、今では2階建て、3階建ての商店が並び、それも衰退して部分的にマンションに置き換わり、駐車場になりし始めています。それでも看板建築が並んでいたり、生け垣豊かな豪邸があったりと、戦前まで岡崎の繁華街として栄えた面影がうかがわれます。
映画館に架けられた看板

永田屋精肉問屋、糸屋惣七郎家(紙問屋)
伝馬町常夜燈

 しかし宿場町往時の面影を現在まで伝える建物としては、漢方薬の大黒屋永田屋精肉問屋、糸屋惣七郎家(紙問屋)位となってしまいました。天明2年創業の菓子屋、備前屋はRC造ながら和菓子屋らしい社屋を交差点にそびえさせています。西本陣跡が全く近代的な映画館となり、「ここは西本陣跡です」の看板が空しい。少し寂しい思いをして歩いていると、大正6年建造の岡崎信用金庫資料館が見えてきました。鈴木禎次設計の赤煉瓦と御影石の外観は大変立派なもので、1階は市民ギャラリーとして開放され、私が行ったときには、創作人形が並べられていました。さらに歩くと道祖神の飾られた陶器店があったりして、こうした取り組みというのは本当に嬉しい。民間といえば、しばらく歩くと現在の岡崎の中心地・康生町に着きますが、瓦の庇がぐるっと回った五万石饅頭の和菓子屋(ただしRC造)や、今や裏寂れスプレー落書きがいっぱいにも関わらず風車が輝く元パチンコ店・赤風車と、これと軒を接する町家造りの精肉店など、なかなかキッチュな活気にあふれています。もっとも今はかなり衰退しつつあるというのが実態かもしれません。マンションが至る所で建設されていました。
 三河小町

 と思いきや突然チープな仮設建物が!「現代生活お休み処 岡崎城下 三河小町」というタイトルからしてもしやと思ったけど、案の定、岡崎市中心市街地対策室が元郵便局跡地に3年間と期限を切って開設した、活性化施設でした。休憩所に屋台風の小店舗に舞台もあり、休日には様々なイベントが開かれているようですが、残念ながら私が行ったときは平日の雨上がりの日でもあり、閑散としていました。それでも活性化に役立っているのかな?3ヶ月に限って実験的にコミュニティバスの運行もされていましたが、その目的はどこにあったのでしょう。
 ようようたどり着いた岡崎公園は、正面入り口がきれいに整備され、菊人形展が開催されていました。奥には「三河武士のやかた家康館」。もちろん入らなかったけど、入る人、いるのかな? さらに奥に菜めし田楽の「八千代」、そして岡崎城。都市の真ん中にこうした憩いの空間があるというのは、やはり素晴らしいですね。余計な施設などを作らず、伸びやかなまま残していって欲しいものです。
 最後に着いたのが八帖町。ここには三河の味、八丁味噌の工場・即売所が競って客を招いている。なかでも、宮内庁御用達・角久の外観は美しく、異彩を放っている。
 2時間余り歩いて感じたのは、岡崎東海道27曲がりの道は歴史と活気が入り交じった素材としては面白い原石のような通りではあるが、果たしてこれを伸ばしてより魅力的なまちにしていくことが可能だろうかということ。今のところ民間ベースで何とか支えられているような感じで、これを有効に生かしていく意思も方法論も、市も市民も持っていないのでないか、と思われます。せめて岡崎市民がもっとこのまちの良さを認識してもいいのではないでしょうか。ちょうどこの日、週末に備えてか、市民ハイキングのコース看板の設置を行っていましたが、こうした地道な取り組みが必要なのかもしれません。



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