[PR]ベビー用品はたまひよ♪:子育てが楽しくなる便利アイテムいっぱい

 崋山の故郷・田原のまちなみ 
公民館に飾られている鏝絵

 
(98/11/20)
 豊橋鉄道渥美線を終点「田原」に向かう車中からは、右手に拡がる田園風景とその先にそびえる蔵王山が印象的です。この伸びやかな景観に包まれて、渡辺崋山ゆかりの城下町「田原町」があります。近代的都市としての整備が着々と進められるこの町ですが、一方で城下町としての歴史と文化を残し、町のあちこちにこうした面影が残り、またこれらを生かした整備も進められています。レンタサイクルで一巡り、この町を見て回りました。
寺下通りの寺々(多分、左から、龍泉寺、慶雲寺、城宝寺)
 駅前を西に進むとくねくねと曲がりくねる道沿いに4つの寺が並ぶ寺下通り。手前から、崋山の墓のある
城宝寺、慶雲寺、鈴木春山の墓のある龍泉寺、龍門寺。いずれも狭い通りからしっくい壁土塀に囲まれた石段を登り詰めた上に山門と本堂の瓦屋根がのぞき、隣接する町屋と並んで、なかなかの雰囲気があります。
 この寺々の北側に最近整備されたのが「田原まつり会館」。中には、田原まつりのからくり人形の載る山車や、凧まつりの絵凧が飾られていますが、前回見たので今回はパス。
 国道を渡り、道を東に戻って、本町、萱町、上町の中心市街地の方に道を辿りました。街の中の様子は「田原町の住まいづくり」を見ていただきたいのですが、とっておきここで紹介したいのが、右の画像。国道から伸びる狭い路地のアイストップの位置に残る民家ですが、これは是非残しておいてほしい建物です。またこの地区の中部公民館にはトップに掲げた鏝絵が展示されており、こうしたものが生きて残っている民家を探したのですが、これも「田原町の住まいづくり」で紹介した料亭1軒しか発見できませんでした。あと国道沿いには木造3階建ての町屋も残っていました。
 はなとき通りの西側の地区も古い長屋などが残っていますが、その北側の広い道路沿いは、辻広場(ポケットパーク)や漆喰塀風の擁壁で修景され整備されています。また、はなとき通りから藩校成章館跡である現・田原中部小学校へ伸びる小路が、馬場道。立派な屋敷門の間を生け垣が埋め、曲がりくねった道共々、雰囲気のある小路です。
              武家屋敷の土塀
馬場道           中小路

  突き当たった通りが大手通りでちょうどウォーキングトレイルの道路工事中でしたが、この通りの延びた先にあるのが田原城址、田原博物館。町から程近いところにある鬱蒼とした森と石垣は、田原のまちなみの中心的観光施設です。ここに至る殿町の交差点に時計塔が整備されるなど、20年前を知る者にとっては見違えるほど整備されています。
田原城跡の森と手前の時計塔

 崋山神社と中学校の間の小路を下ると、旧武家屋敷の土塀なども残る。さらに突然現れる田原福祉専門学校の偉容に驚きつつ、前面の池ノ原公園を通り、崋山の銅像や幽居跡の建物などを見ながら裏へ抜けると、つばきの路地。このあたりの住宅や畑の道沿いは、椿や柘植の生け垣に囲まれ、遠くに蔵王山の展望台を見つつ、気持ちの良い散策が楽しめます。着いたところがつばき公園。全国の様々な椿の木が植えられる中を一巡りして、さらに権現の森まで足を伸ばしました。ここはその名のとおり蔵王山のふもとの自然豊かな森で、山頂への登り口でもありますが、その入り口脇には田原町の商家が移築され展示されていました。
権現の森に展示されている商家
つばきの道

 一休みの後、一路広い通り(県道蔵王山線)を田原城跡まで東進。交差点の北、田原福祉授産所の裏手も辻広場として整備されるなど、町のあちこちで高いレベルでの修景整備が進められており、周辺の自然や歴史も合わさって、大変気持ちの良いまちとなってきたと感じます。

                         辻広場(田原福祉授産所北)
漆喰板塀風の擁壁




 参考  田原町ホームページ「JANG DALAR LING! たはら」



[PR]三井住友海上きらめき生命:医療保険のご案内と資料請求はこちらから