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 都市・建築・読書メモ 98 

 読書リスト 1998



 地域共生のまちづくり
【書   名】地域共生のまちづくり
【副   題】生活空間計画学の現代的展開
【編   著】三村 浩史+地域共生編集委員会
【出 版 社】学芸出版社
【出 版 日】1998年 8月25日
【頁   数】382P
【価   格】本体3800円+税
【書籍コード】ISBN4-7615-3073-1 C0052 \3800E

 京都大学三村浩史先生の退学にあたり、三村研関係者による小論を集めたもの。三村先生の総論に続き、26の小論が並ぶが、「風景・エコロジー」の視点から「生活様式と居住」、「参加と人権」「生活空間の新しい計画」「居住地の開発と経営」「都心の活性化と再生」「京都のまちづくり」「阪神・淡路大震災」と、章立てだけみても、実に多彩な内容となっている。これらの中には観念的なものもあるが、実例やフィールドワークの中で考察してきた小論も多く、私もそうしたものに特に心を動かされた。西山徳明の「1・3 地域空間を演出するまちづくり」はハワイ・オアフ島のポリネシアン文化センターをモデルカルチャーの事例として紹介し興味深いし、リム・ボンの「3・3 人権コミュニティの創造」は京都南部の同和地区のまちづくりをレポートしている。また、北條蓮英の「5・2 住工混在市街地のまちづくり」では住工共存アパート建設の事例が目を引くし、阿部成治の「4・5 ドイツにおけるまちづくりと住民投票」ではドイツ各州の住民投票制度の事例を紹介しているが、絶対得票率の設定の有無などこの制度の活用に向けた詳細と功罪が伺えて面白い。最後の章「阪神・淡路大震災と生活空間の再生」では、室崎益輝、塩崎賢明、安藤元男の各氏が具体の復興まちづくりの事例を上げつつ、計画論、住民参加、区画整理、それぞれの切り口で評価しており、たまたまここで取り上げられている森南地区及び芦屋西部地区を私自身歩いてきただけに、説得力を持って受け入れられた。
 「序説 地域生活空間計画学の系譜と展望」と題して、冒頭で三村先生自ら筆を執られているが、都市計画・空間計画という分野において「地域」「生活」という概念にこだわり続け、まただからこそ、こうした幅広い視点からの仕事を一貫した論旨で研究が続けられたのだと思う。遙か昔、三村研の敷居を汚した者の一人として、ここで初めて三村先生及び三村研が何をやっていたのかを知った思いでいる。
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 バリアフリーをつくる
【書   名】バリアフリーをつくる
【著   者】光野 有次
【出 版 社】岩波新書
【出 版 日】1998年 8月20日
【頁   数】248頁
【価   格】本体660円+税
【書籍コード】ISBN4-00-430572-1 C0236 \660E

 バリアフリーという言葉は建築分野から始まったとこの本に書かれているが、著者自身は長崎県で障害者向けの家具・道具等をつくってきた工業デザイナー。建築に限らずベッドや車椅子、食器、スウィングという感覚統合訓練のための器具、そしてもちろんまちづくりまで、バリアフリーへの思想と実践が紹介されている。バリアフリーからユニバーサルデザインへ。「段差があってスロープをつけるのがバリアフリーで、はじめから段差をつくらないのがユニバーサルデザイン」(p46)という記述はバリアフリー・ユニバーサルデザインを実践してきた者ゆえの言葉か。もちろんユニバーサルデザインは「みんなのデザイン」という言葉もあり、障害者だけでなく誰にとっても使いやすいデザインという趣旨の説明、さらにはユニバーサルデザインの中心的人物ロン・メイスの紹介もされています(p42〜45。Thank You for Shigeyasu Suzuki)。コンビニをバリアフリーなまちづくりの拠点にという提案(p140)や、人生の中でもっとも元気なときに計画・実現されるのに、一番利用するのは家族の誰かが「弱った」とき(例えば病気の時や産前産後、定年後など)という指摘(p143)は面白い。親しみやすい語り口で経験から語られ提案されるその筆致はとても読みやすくわかりやすい。
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 室内科学汚染
【書   名】室内科学汚染
【副   題】シックハウスの常識と対策
【著   者】田辺 新一
【出 版 社】講談社現代新書
【出 版 日】1998年 7月20日
【頁   数】188頁
【価   格】本体640円+税
【書籍コード】ISBN4-06-149412-0 C0252 \640E

 もう新書版で出たのか、というのが一番最初の印象。室内科学汚染に対する一般の関心も非常に高くなってきている。またそれに応える研究も急速に進んでいる、ということだろうか。シックハウス(p13)、化学物質過敏症(p29)、環境ホルモン(p33)といった言葉をきちんと定義しているほか、合板、壁紙といった内装材や塗料、接着剤等の規格や化学物質の測定方法(まだ十分確立していない実態)等も細かく解説がされている。そういった中で、ヨーロッパ、特にデンマークの対応などを上げながら日本での対応に警鐘を鳴らすのだが、一方で少しの化学物質にも反応する人もいれば、大半の人はなんともない、という状況でどこまで対応すべきか。犯人探しでない市民の着実な意識高揚と、現場での対応の向上につながればいいと思う。
 「正直な住宅」(p4,p170)という筆者の言葉はそのとおりと頷けるし、デンマークのポイズンタックス(毒の税金)という考えも面白いと思う。しかし一方で、生活起因の化学物質が室内汚染物質の50%程度を占める(p122)という指摘や「檜やヒバの香りも化学物質」(p38)という指摘は、問題の本質の一面を突いているように思う。変な犯人探しや生産者と消費者との不信感をあおるのでない、きちんとした知識と信頼の上で、この問題に対処して行けたらと思わずにいられない。最後に(p83)の「住宅の気密性の意味」はきちんとした知識と対応の必要性を感じさせてくれる。
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 パリの奇跡
【書   名】パリの奇跡
【副   題】都市と建築の最新案内
【著   者】松葉 一清
【出 版 社】朝日文庫
【出 版 日】1998年 6月 1日
【頁   数】264頁
【価   格】本体760円+税
【書籍コード】ISBN4-02-261222-3 C0136 \760E

 気鋭の建築評論家がパリの都市・都市づくりを絶賛する。一言で言えば「過去と未来の架橋」(p126)という表現にあるように、ミッテランを中心に繰り広げられた「グラン・プロジェ」の建築活動を、「日米の食い足りない現況」(p210)と比較しつつ、歴史を踏まえた新しい都市表現づくりという評価をしているのだろう。こうしたパリの状況を前に、相も変わらず続けられるモダニズムの建築活動を、「建築家達が社会からの非難を案じるから、いまだに、不毛の都市と住宅団地が、世界各国で飽きることなく再生産され続けている」(p181)と手厳しい。これを実現させたものを「強権」と呼び、「これがあればこそ「グラン・プロジェ」は、着々と進められている」(p115)といい、経済に勝る政治国家のフランスの社会状況を指摘する。またこうしたヨーロッパ像を、「ヨーロッパの人々は、全てを人間の手でつくりだすのである。構築する都市の全ては、人間が考えるところの「理屈で割り切れる」形態となっている。」(p36)という指摘は面白い。
 それにしても、ほとんど手放しに近い絶賛振りには、かえって醒めた気分にさせてくれる。確かにパリで奇跡が起こり、また新しい世紀をリードする都市・建築活動が繰り広げられているのだとしても。
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 住まいの夢と夢の住まい
【書   名】住まいの夢と夢の住まい
【副   題】アジア住居論
【著   者】布野 修司
【出 版 社】朝日選書585
【出 版 日】1997年10月25日
【頁   数】266頁
【価   格】本体1400円+税
【書籍コード】ISBN4-02-259685-6 C0337 \1400E

 住まいと夢をキーワードに、筆者がよく知るジャワ島を始めとしたアジアを中心に、世界の様々な住宅のあり方を紹介しつつ、住まいとは何か、を語る。紹介される様々な住まいの形も面白いけれど、それ以上にそれらを整理し批評する筆者の視点が面白い。
 (p57)で紹介されるサイツ・アンド・サーヴィス・プロジェクトにより供給される未完の住居「コアハウス」。最低限のサービスに最低限の住まいの骨格に住民が住みつつ住まいが完成していく。そこでは住むことそのものが建てるという過程の中にある。カンポン住居では住まいの面積に注目する。曰く「僕らは住居内部の面積にこだわりすぎる。」「豊かな外部空間が共有されていれば内部空間の広さなどそう簡単ではない。」(p96)
 住まいに関わらず、監獄との比較から自由について語る。曰く「制度の成立と自由の概念とはつながりがある。」「自由とは基本的になにものかからの自由である。」(p126) またギリシャ語の住居オイコスからエコノミーという語が生まれ、エコロジーが生まれ、・・・ゆえに住居とはそもそもエコハウス(環境共生住宅)である、とする住まいと環境との関係を述べる下り。
 日本の都市は中庭型の欧米や中国等の住居・都市と違って、外庭型住居。これを「森の中の都市」と形容する。(P170)そう表現することで住まいの本質が表れる。基本的に住まうとは住居の中だけで繰り広げられるのではなく外部空間と一体として住まう意識。そこからインドネシア・スラバヤのJ・シラス教授による実験的プロジェクトが紹介される。それは日本で今様々提案される路地型・共有空間重視・環境共生型の共同住宅とよく似ている。
 さまざま住まいの形と住まうことの表れが紹介される中で、始めの頃披露される考えに強く共鳴をした。すなわち「どんな住居でも物理的には限定されているのだけれど、無限の空間を夢見ることができるのではないか。」(P10)
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 居住福祉
【書   名】居住福祉
【著   者】早川 和男
【出 版 社】岩波新書
【出 版 日】1997年10月20日
【頁   数】227頁
【価   格】本体640円+税
【書籍コード】ISBN4-00-430527-6 C0236 \640E

 早川和男氏の一連の言動は、理想論としては頷けても現実社会、特に社会主義諸国崩壊後の市場主義優先の中ではついていけない、実現性の乏しい議論という感じを持っていた。この本の前半の「第1章 阪神・淡路大震災」「第2章 健康と住居」「第3章 高齢者と居住福祉」の各章では想像どおり、現代日本に残る最底辺の生活が縷々紹介され、厳しい行政・政治への批判と指摘が欧米の住宅施策との比較等を上げながら繰り返される。個人的に同情はするものの日本の現在の社会風潮の中では「しょうがない」と自己弁護することが多くなる。しかしその中でもいくつかの指摘には賛意と目を開かれる思いをすることも多い。例えば「アメリカでは、単身、恒例、障害、女性、母子、マイノリティなどを理由に入居を拒否すると、罰せられる。…居住差別を禁止する法律が制定されるべきであろう。」(P27)という指摘。健康問題と行政対応との関係を指摘する「犠牲者シンドローム(なんでも犠牲者のせいにすること)は、われわれが知っている最悪の病気である。」(P82)。高齢者問題を根源から問いなおす「ホームヘルパーその他の在宅介護支援態勢が充実し公的介護保険制度があっても、介護する場としての「宅」がなければ、在宅介護は困難である。」(P88)「日本の高齢者にとって最も深刻なのは、一定の広さと設備のある、まともで安心して住み続けられる住居がえられない、ということである。この「社会的・行政的バリア」をとりのぞくことこそが、高齢者居住をめぐる「バリアフリー」の基本である。」(P103)。「西欧社会では、福祉と住宅が両輪でとりくまれてきた。……劣悪な住宅のもとでも、住宅をネグラとする壮年期人口の多い社会では耐えられたが、高齢社会では両輪がなければ、住宅・福祉ともに機能せず、社会は支えられない。」(P108)等々。そして第4章以下で説かれる「居住福祉」の理論。「住宅政策や都市計画は、人びとの生活、健康、人間発達、豊かな人生を支えるとともに、不良住環境による社会的費用の発生を防ぐ「社会的予防医学」及び「予防福祉」機能をもつものといわざねばならない。」(P137)。従来の「悲惨だから手を差し伸べねばならない」といった主張を越えて、「予防」であり「放置」することによってより大きい「負担」として返ってくるからこそ、いま住宅政策や都市計画を重視する必要があるという主張は一定の説得力がある。1点気になるのは後段の(P172)で書かれている「住民が居住の主権者としての権利と義務を持てば、住居やまちのあり方を主体的に考えざるをえない。」という部分の「義務」の部分。「居住の権利」についてはかつてより声高に繰り返されており、この本の中でも同様なのだが、「義務」についての現状と分析も必要ではないだろうか。特に財政破綻が一方で指摘される行政の進むべき方向と態度について、総合的視野での示唆が欲しいところである。そういうと結局、自己弁護と言い訳に戻ってしまっているのだろうが。
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 アールデコの館−旧朝香宮邸
【書   名】アールデコの館
【副   題】旧朝香宮邸
【著   者】写真:増田 彰久 文:藤森 照信
【出 版 社】ちくま文庫
【出 版 日】1993年 4月22日
【頁   数】220頁
【価   格】本体951円+税
【書籍コード】ISBN4-480-02714-9 C0152 \951E
 東京は目黒・白金台にある旧朝香宮邸を増田彰久の写真、建築探偵・藤森照信の文で紹介したもの。日本で唯一のアール・デコの結晶「旧朝香宮邸」の成立の過程を、1925年のパリ万国博から、装飾美術家・アンリ・ラパン、宮内省内匠寮・権藤要吉、そして本人・朝香宮鳩彦の3人の関わりを含め描くと共に、建築・室内のすばらしさを感動と共に紹介する。藤森氏の文に加え、増田氏の写真が素晴らしい。
 旧朝香宮邸の見学記はこちら 「東京の建築物/旧朝香宮邸」
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 環境保全と景観創造
【書   名】環境保全と景観創造
【副   題】これからの都市風景へ向けて
【著   者】西村 幸夫
【出 版 社】鹿島出版会
【出 版 日】1997年 9月30日
【頁   数】328頁
【価   格】本体4200円+税
【書籍コード】ISBN4-306-07208-8 C3052
 あとがきで、本書を、先に紹介した「町並みまちづくり物語」の姉妹編「理論編序説」としているとおり、景観施策に関する理論をまとめたものである。西村氏は歴史的な町並み保存運動を中心に取り組まれていると思っていたが、それをベースにしつつも、新しい景観デザイン施策も含めて、今後の景観行政に対する見方・取組み方が整理してあり、行政にとって大いに参考になる本である。
 ただし、第1部は「イギリス・アメリカにおける歴史的環境保全」と題して、第1章でイギリスのシピック・アメニティ法(保全地区制度)とナショナル・トラストを、第2章ではアメリカにおける景観施策を国家歴史保全法や都市計画との関係において(屋外広告物規制も含む)、それぞれ紹介しており、国際的なパースペクティブを開かせてくれる。
 この中では、次にあげる事項に興味が引かれた。一つはイギリスの保全地区制度が都市計画分野における地方分権への役割を果たすとともに、広く市民のプライドに訴え、ローカル・アメニティ・ソサエティの活動の活発化をもたらしたこと。また、ナショナル・トラストの歴史、特に近年の急激な伸びの要因(ネプチューン計画と終身会員制度等)と新たな運動論の展開(ナショナル・トラスト・アソシエーションの活動、参加型環境教育等)も面白い。アメリカの景観施策に関しては歴史的環境保全に関する施策もさることながら、美観規制を巡る議論(法的規制はいかなる理由で正当化されるか)が、主観的でなじまないとする主張から、地域共同の資産、さらには環境調和の指標と変遷してきているという論が興味深い。
 これら海外の状況を前に置いて、第2部では「わが国の歴史的環境保全と景観コントロールの現段階」と題して、歴史的町並み保全施策の経過と評価、新しい景観に対する「都市デザインと景観コントロール」の理論的評価、そして環境教育と、都市計画・景観行政の日本における全体像をレヴューしている。
 まず冒頭に、大阪中之島の「中之島を守る会」のパンフレットに刷られた文章「古いから残すのではない/めずらしいから残すのではない/人間が/人間らしい生活をするため/どうしても必要だから残す/人がつくって/人がそだて/自然とともに生きる われわれの創造物/それをこわしてはいけない」を掲げ、我々の生活にとっての歴史・その表象物としての建築・街並のなんたるかを述べる。環境(そして歴史)はただではないのだ。しかしこの成果としての伝統的建造物郡保存地区の限界を延べ、(P173)では「現在、歴史的町並みの問題を都市計画のテーマとして議論することが要請されている」とする。都市計画はこれまでのようなよりよいものに更新するだけでない、過去の歴史の上に立って未来を見据える、そうした計画作法が望まれる。
 さらに、第5章「都市デザインと景観コントロール」では新しい都市景観の創造に向けた都市デザインの特質について、7点に絞り要約をしている。既存の都市空間と歴史の評価の上に/都市心象の継承やシンボルの創出など形而上的な影響や効果を計算しつつ/あくまで都市の部分のデザインとして相対的な関係の中で/合意形成のための戦略も視野に入れた関係のデザインとして/地域住民に愛されるものとして/しかし常に未完であることを意識しつつ/そして都市生活のありようそのものの中に埋没していくものとして。こうした特質整理の上で、まずは、よりわかりやすく、アウトプットのデザインとプロセスのデザインという区別をする。横浜で行われたことが前者、世田谷で行われつつあることが後者。さらにはスポットのデザインとプロジェクトのデザイン、コントロールのデザイン等の区分けをしつつ、現代都市デザイン思潮をプレヴューする展開はわかりやすく納得がいくものである。
 ところで筆者は、歴史的景観が手がかりになる地区以外においては、眺望景観が今後の景観行政の手がかりになるのではという提案を投げかけているが、どうであろうか。そういう地域もあるとは思うが、全ての解決解にはならないというようにも思うのだが。
 最後に環境学習に係る章の中で、行政の役割、特に近年の流れの中での新しい変化が述べられる。すなわち「団体自治」から「住民自治」に代わって行く中で、地域住民の事務局としての行政、すべてを引き受けるのではなくセルフヘルプを支援する行政、結果平等主義を乗り越え成果を重視する行政への変化への提言。これらは大いに賛同することである。
  読後の結論として、景観行政の意義は、「はじめに」にある「まちなみ問題はありうべきトータルな都市像の表現の問題」という言葉に帰結し、まちづくりの本流へと流れ込む、そうした問題意識として理解すべきもの、ということになるのだろうか。少なくとも私はそのように理解している。
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 ハウジングは鍋もののように
【書   名】ハウジングは鍋もののように
【副   題】集住体デザイン
【著   者】延藤 安弘
【出 版 社】丸善
【出 版 日】1996年 5月30日
【頁   数】204頁
【価   格】本体1,800円+税
【書籍コード】ISBN4-621-04182-7 C0352 P1854E

 延藤氏が様々な雑誌等に書いた小論の論文集。特に1部は住宅・まちづくりの作法・考え方を概念として解説しているため、言葉が踊って抽象的な読後感が募る。翻って2部は具体の実作を対象に持論を展開しており、特に熊本県アートポリス計画により建設された、県営保田窪第一団地(山本理顕設計)や託麻団地(坂本一成・長谷川逸子・松永安光設計)などの、直接延藤氏自身が設計に絡まなかった住宅を対象に評価をしている論文はおもしろい。また阿蘇町HOPE計画での委員長ぶりも延藤氏の日頃の仕事ぶりが垣間見えるよう。
 基本的には既存の著作で披露されている考えを様々な角度から光を当て、延藤流に整理しているもの。そこで使われている言葉=延藤語?=を列記すると、
 孤住>集住と個住、サムシング・ファイン、ゆるやかな同居、老若友愛、
 ヒト・モノ・コト、ヒト・クラシ・バショ、イノチ・カラダ・ココロ、
 き>か>かち>かた>きもち>かたち、システム・ドラマ・デザイン、
 生活景観/生活空間、空間/生活/時間、もやい、時熟、
 グループ・ハウジング>グレープ・ハウジング、space>place、等々。
 しかし、これらの言葉を読んでいると、延藤氏が実際に関わって実現している多くの住宅においても、こうした延藤流、延藤氏のパーソナリティが幸福な実現を導いている要素が大きいという気がしてくるが如何なものか。最近東京都公社の値下げ騒動があった団地がコーポラティブにより計画された住宅であり、かつ入居者が「設計にあたってあんなに協力してやったのに都公社の仕打ちは・・・」という発言を聞くと、まだまだ一般の住民意識として根付くためにやらなければいけないことは多いという印象が強い。
 「あとがき」で隠喩(メタフォー)手法について解説しているが、ハウジングを鍋物に例える本書のタイトル(同様な題名の論文も収録)もそうした手法によるもの。しかし鍋物もおいしい素材においしい出汁、適切な調理とそのすべてがそろって初めておいしい鍋物となるように、ハウジングもより良いものとするには関わる対象が非常に多い。しかしそれをどういう組織がどういう動機の下に行っていくかと考えると、延藤氏の思想には共鳴するものの一般解への展開方策という点で考えるべき課題は多いという気がする。
 「集合住宅はコミュニケーション・メディア」(P56)という意味が本当に根付くにはどうすればいいのだろう。
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 家−1969-96

【書   名】家−1969-96
【シリーズ名】住まい学体系/076
【著   者】安藤 忠雄
【発 行 所】住まいの図書館出版局
【発 売 所】星雲社
【出 版 日】1996年 7月22日
【頁   数】456頁+Appendix 32P
【価   格】本体2,900円+税
【書籍コード】ISBN4-7952-0876 C1370 P2987E

 安藤忠雄の初期から1996年現在までの建築中や計画のみのものも含めた全住宅作品の資料を収録するとともに、現時点での安藤忠雄の住宅設計に関わる思想と方法をまとめた論文及び過去に発表された主要な住宅論等を集めた全集である。
 「住吉の長屋」以前から「六甲の集合住宅」以降に至るまで、設計にあたっての思想が縷々述べられるが、この2つの仕事が原点の一つであることは間違いない。RC打ち放しの無彩色の世界を操る安藤が「色彩はとても重要」といい、「周辺の木々や植物、光や風が空間に彩を与え、住まう人が色を加えて」「あくまで建築は基本的な色彩だけで統一」すると述べるくだりはおもしろい。(P69)
 また「民主主義において、機会における平等は保証されねばならないが、生まれてくる結果は同じでなくてもよいのだ。」(P107)と述べるあたりは、強烈にして的確な真実に心打たれる思いがする。あくまで安藤は社会と空間の間で自己表現を貫いているのだ。
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 高蔵寺ニュータウン夫婦物語
【書   名】高蔵寺ニュータウン夫婦物語
【副   題】はなこさんへ、「二人からの手紙」
【著   者】津端 修一/津端 英子
【出 版 社】ミネルヴァ書房
【出 版 日】1997年12月20日
【頁   数】267頁
【価   格】本体2,200円+税
【書籍コード】ISBN4-623-02828-3 C0095 \2200E

 住宅公団の創設に参加し、高蔵寺ニュータウンの計画当初から事業が軌道に乗るまで、名古屋・高蔵寺で陣頭指揮し、その後広島での生活を経て、現在も高蔵寺で生活する津端氏とその夫人の共著による二人の半生記である。
 第1章は夫人の英子氏の筆で、奔放なご主人に翻弄されつつもゆとりある心と生活を楽しまれている様が回顧され、紹介される。正直なところ、孫のはなこさんに向けた親バカならぬ「婆バカ」ぶりや、見るからに金銭や時間、健康等に余裕がある中での「半田のお嬢様」ぶりに辟易としたが(第1章が全体の2/3を占める)、女性から見れば羨ましくも元気付けられるところもあるでしょうか。
 修一氏が担当された第2章も基本的に半生記として語られる。しかし、男の夢とそれが必ずしもそのとおりには実現せずとも何らかの成果を残しつつ、次の興味へと移っていく様は、まさに最後の「余滴」で語られているとおり、拡散型の人生だったのでしょう。特に、現在私も住む高蔵寺ニュータウンがどういう時代背景の中でどう構想され(当時のキャッチフレーズが<里山にのぼろう・雑木林の中のニュータウン>だったことは炯眼)、地元春日井市、愛知県、そした公団内部の分裂、国の対応等の中で、現在の形に落ち着いていく様子はとても興味深い。その後の変化も、書かれているとおり、住民コミュニティの発展があり、高齢化・成熟化が進展する中でオールドタウン問題に早くも直面している。しかしこれらの現在の問題(これは同時にニュータウン自体が抱える問題であるのだが)に対しては何も答えが書かれていない。結局、彼は、高蔵寺にとっても広島にとっても、過ぎ去っていった人であり、たとえ現在高蔵寺ニュータウンに住んでいるとしても、彼の活動の関心対象ではないのだろうか。ここで語られるのはあくまで津端氏の人生を通り過ぎた象限の限りでの高蔵寺ニュータウンであり、その実態を深く調べ評価した末のものではない。しかし半生記として書かれた本書はその限りにおいては実に魅力的でありあこがれる対象である。
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 都市再生
【書   名】都市再生
【原 書 名】THE LIVING CITY
【著   者】ロバータ・B・グラッツ
【訳   者】冨田 靱彦、宮地 真知子
【監 訳 者】林 泰義
【出 版 社】晶文社
【出 版 日】1993年 6月30日
【 頁数・版 】A5版 373頁
【価   格】本体3,689円+税
【書籍コード】ISBN4-7949-6126-X C0036 P3800E

 アメリカの女性ジャーナリストが描いたアメリカ都市の住民主導による都市再生のルポルタージュ。スラムクリアランスと再開発建築物の挿入による従来型の大規模都市開発を批判し、既存の建築物の保存・修復活用や空き地への地区住民の雇用・職業訓練も兼ねたインフィル住宅の建設といった、住民自身のコミュニティと地域再生への力の結集による都市の育成の有効性を、ジョージア州サヴォナ市やニューヨーク市ブロンクス「バナナ・ケリー」などの多くの感動的な実例とともに訴える。
 巻末に解題として林氏が書いているとおり、住民主体による都市再生の有効性は日本においても近年多くの実証例があるところだが、一方で建築ストックの質が比較的高く歴史的建築物の保存ということが有効に働くことの多いアメリカの状況と日本の建築ストックの状況とはやはり異なる部分があるように思う。それと日本の都市人のメンタリティ。グラッツ氏が書くアメリカ人は郊外生活の退屈と非合理性に飽いて都市回帰を始めたということだが、日本ではまだまだ郊外化の圧力が高い。バブル期、一時「都市居住の勧め」といったことが盛んに言われたが今やどうか。そもそも移民で出来ているアメリカ社会では住み良い社会は祖国ではなく住み始めた都市にあるが、日本人の心の故郷は今も出身の田舎にあるのではないか。都市で生まれ育ったそもそもの都市人はまだまだ少数のように感じる。このあたりで都市再生の戦略は自ずから違ってくるだろう。しかしもちろん、地域それぞれの再生力を活かし都市を育むという視点は日本でも大いに参考になることは言うまでもない。
 なおこの373ページに及ぶ大部の中では、観光業に依存する危険性の指摘(P36)、商業、住宅地域を一体的に再生を図ること(P201)といった再生に向けた数々の教訓や、「保存は変化を管理する方法のひとつにすぎない」(P181)、新規建設以上にシャドー・マーケット(既存住宅ストックの再建・増加)が住宅供給という面で量的にも重要であるという指摘(P138)、低所得者層の後に裕福な層がやってくることで批判されるようなジェントリフィケーションは起こらないこと(P71)、また移民層が人種を変えながら街は残り生きていっている実にアメリカらしい考察(P341)など、興味を引く記述も多い。その他にも、自動車のための都市づくりに対する批判(P266)、街路をつなぐ・生かす再生の必要性とそれに反する地域外資本による大規模モール批判(P260)、ディズニーランド型の過度な修復による「歴史の町」批判(P229)(すなわち都市は経てきた歴史だけの蓄積を塗り重ねられており、単一の時代に統一して殺してはいけないということ)、「人ひとり、スズメ一羽たりとも追い出すべからず」といった「ウェストビレッジ」の再生(P155)など、参考になる部分は多い。
 最後に語られるニューヨーク・ブロードウェイの当局による強引な新都市開発の結末について、大いに興味がそそられる。日本でもまだまだこうした都市再開発の事例は多いし、賞賛されることの方が多い。
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